大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成8年(ワ)4356号 判決

原告

スズラン商事株式会社

右代表者代表取締役

松村洋祐

右訴訟代理人弁護士

髙橋司

桑森章

木村哲彦

被告

株式会社山本商店

右代表者代表取締役

山本茂

右訴訟代理人弁護士

柴田信夫

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は原告に対し、金二五〇〇万円及びこれに対する平成八年三月二一日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告が被告に対し、いわゆる据置特約の付された賃貸借保証金の即時返還を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  原告は履物の製造加工卸及び販売等を目的とする株式会社であり、被告は寝具類の加工及び販売等を目的とする株式会社である。

2  原告は被告との間で、昭和六一年三月、被告が原告から別紙物件目録記載の各建物(以下「本件建物」という。)を次の約定で賃借する旨の賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結した。

(1) 期間 昭和六一年三月一三日から昭和七一年(平成八年)三月一二日までの一〇年間

(2) 賃料 一坪あたり月額金九五〇〇円、合計金三四万〇三八五円(その後一坪あたり月額金一万二〇二三円、合計金四三万〇七七一円に増額された。)

(3) 保証金 金二五〇〇万円

(4) 特約 ① 原告が本契約条項に違反して被告に経済的損失を与えた場合、被告は右損失額を保証金から差し引く。

② 原告が契約終了に伴って本件建物を明け渡す際に、原状回復義務(什器備品・商品等の搬出、造作内装等の撤収)を履行しない場合には、被告が原状回復を行い、右に要した費用は保証金から差し引く。

③ 返還される保証金の金額の計算は、原告による本件建物明渡しずみ後二ケ月以内に行う。その際、本契約及び本件建物の事実上の使用に基づく原告の債務等が履行のないまま残存しているときは、これを差し引く。

④ 保証金の返還は、本契約期間満了後一〇年間の均等分割により一年毎に返還し、その際利息は付さないものとする。(以下「据置条項」という。)

3  原告は被告に対し、昭和六一年三月一三日、本件賃貸借契約に基づく保証金として、金二五〇〇万円を預託した。

4  被告は原告に対し、右同日、本件賃貸借契約に基づき本件建物を引き渡した。

5  原告は被告に対し、昭和六一年三月一三日から平成八年三月一二日までの間の賃料全額を支払った。

6  本件賃貸借契約は平成八年三月一二日に期間満了により終了し、原告は被告に対し、同日本件建物を明け渡した。

7  原告は株式会社シューズタナカ(以下「訴外会社」という。)との間で本件建物について賃貸借契約を締結し、平成八年三月一三日本件建物を同社に引き渡した。

8  原告は被告に対し、平成八年三月二〇日に到達した内容証明郵便をもって、保証金の返還を催告した。

二  争点

1  原告の主張

(1) 本件保証金は、本件賃貸借契約上原告に生じるべき債務の担保を目的とするものであり、実質的に敷金の性質を有するものである。したがって、据置条項は本件賃貸借契約存続中においてのみ適用されるべきものであり、本件賃貸借契約の終了及び本件建物明渡しにより本件保証金の返還期限が到来すると解するべきである。据置条項は、本件賃貸借契約が期間満了後も存続することになった場合に効力を有するものに過ぎないというべきものである。

(2) 仮に、本件保証金が建設協力金の類のもので、貸金たる性質を有するとしても、本件賃貸借契約と密接不可分の関係にあることは明らかであるから、本件保証金の返還期限が本件賃貸借契約の終了及び本件建物の明渡しにより到来することに変わりはない。

(3) 本件建物に訴外会社が入居したことにより、被告には空室損料は発生していないし、被告は同社から保証金を受領したはずであるから、この点からも、本件賃貸借契約終了によって被告に損害が発生したということはできない。

(4) 本件賃貸借契約では、賃貸借の期間が一〇年であるのに対し、保証金据置及び年賦期間を合わせた期間が二〇年間となっており賃貸借期間より長くなっているのは矛盾しており、据置条項は公序良俗に違反するもので無効である。

(5) 本件賃貸借契約については弁護士の関与の下に公正証書が作成されているが、これが作成されたのは賃貸借契約書が作成された三ケ月以上後のことであるから、契約内容を弁護士がチェックしたということはできない。

2  被告の主張

(1) 本件保証金は賃料月額の七三倍にも及ぶものであり、賃貸借契約に伴う貸金としての性質を有するものである。それが原告の本件賃貸借契約上の債務を担保する機能を一部有していても、結論に変わりはない。

(2) 据置条項は、正に本件のごとく賃貸借の期間満了により契約が終了した場合を想定して定められたものであり、契約存続中にのみ適用されるというものではない。

(3) 本件賃貸借契約締結については、原、被告双方にそれぞれ弁護士が関与しており、かつ公正証書まで作成されているもので、法律専門家の検討を経ているものである。

(4) 平成七年一二月、被告が原告に対し本件賃貸借契約更新について打診したところ、原告の北浦秀一副社長は最低一年間は契約を更新して使用を継続したいと回答した。ところが、平成八年二月一日、原告は被告に対し、突如書面で契約を更新しない旨通告してきた。被告は慌てて新たな入居者を探し、ようやく訴外会社に本件建物に入居してもらった。同社は本件建物が同社の店舗としては広すぎるため難色を示していたが、本件建物を含む一棟の建物であるジョイフル国分の三一二号室が売りに出されており、同室を同社か被告のいずれかが購入し同室に同社が入居するまでの間一時的に本件建物に同社が入居したものである。同社が本件建物から退去した場合、ジョイフル国分には四〇店舗近くの専門店が入居しており、新規入居者は既存の入居者の業種と競業関係にあってはならないこととされているため、新規入居者の業種は原告や訴外会社と同じ靴屋以外にはほとんど考えられないものであって、被告が新規の入居者を探すには著しい困難が予想されるものである。

(5) 被告は原告に対し、平成八年四月九日、本件保証金の第一回返還分として金二五〇万円を送金して支払った。

第三  証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりである。

第四  争点に対する判断

一  本件賃貸借契約締結の経過

証拠(甲三、六、乙八)によれば、昭和六一年三月に本件賃貸借契約書が作成されたが、同契約書上本件賃貸借契約について公正証書を作成することが定められていたこと、原告、被告とも弁護士に委任の上同年六月一六日本件賃貸借契約について公正証書が作成されたこと、右公正証書の内容は、双方の代理人である弁護士及び公証人により法律的検討が加えられた上一部賃貸借契約書の表現の手直し等がなされたことが認められる。右事実によれば、本件賃貸借契約は、当事者双方が法律専門家である弁護士の助言も得た上で、その条項のもつ利害得失についても十分理解し吟味した結果任意に締結されたものであるということができる。

2 本件賃貸借契約の条項について

証拠(甲三)によれば、本件賃貸借契約公正証書には、以下の条項も含まれていることが認められる。

1  原告はジョイフル国分店・ジョイフル専門店会に加盟しなければならず、本件保証金は同専門店会に対して生じるべき債務の担保ともする。

2  原告は本件保証金を他に譲渡、質権の設定又は担保に供することはできない。

3  原告が賃貸借期間中に閉店をするときには、その六ケ月前に被告に通知しなければならない。期間途中解約の場合、本件保証金の返還額を経過期間に応じて一〇パーセントないし三〇パーセント減額する。

三  本件保証金の性質について

1  前記第二の一の2(4)の①ないし③記載の条項によれば本件保証金が賃借人の債務の担保とされていると認められること、同④の本件保証金には利息を付さないとされていること、第四の二の1、2の条項によれば、本件保証金が実質的に敷金としての性質を有するものであることは明らかである。

2  第四の二の3の条項からすると、本件保証金は賃借人が賃貸借期間中に退去する場合の制裁金的な性質をも有していると認められる。

3  証拠(甲八の1、2、乙九、一〇)によれば、被告は投資目的で昭和六一年二月に本件建物を代金総額金三八〇〇万円で購入したが、右の内金三五〇〇万円は銀行からの借入によったこと、原告が本件建物に入居して営業するにつき入会しなければならないジョイフル国分管理組合に原告が支払うべき特別入会金二二五万円及び毎月支払うべき修繕積立金は被告が負担することが昭和六一年五月に原告と被告との間で約されたことが認められ、これに、本件保証金が賃料月額の七三倍にも及ぶこと、本件据置条項の内容を総合すれば、本件保証金はいわゆる建設協力金と同様の趣旨の貸金としての性格も有するものであるということができる。

4  本件保証金の性質は以上のとおりであるが、特に敷金的性質と貸金的性質との関係についていえば、そのいずれの性質が強いかを決することは困難であり、据置条項の内容からすると、ほぼ同程度であると解するほかはない。

四  本件据置条項の解釈

1  本件賃貸借契約は一〇年間の期間満了により終了したものであり、前記第二の一の2(4)の④の据置条項が定める事由そのものにより終了したものと認められるから、この場合に本件保証金の返還につき据置条項が適用されるべきものというのが本件賃貸借契約当事者双方の意思であったことは疑いがない。

2  ところで、前記認定のように、本件保証金については敷金としての性格をも有するもので、敷金が賃貸借契約と密接不可分のものであり、契約終了後もこれを賃貸人が保有し賃借人に返還しないのは正常な事態であるとはいい難いということはできるが、一方本件保証金は貸金的性格をも有するので、貸金の返還期限や方法、利息の有無については原則として契約当事者の自由な意思に委ねられるべきであることも当然である。

本件据置条項は、本件賃貸借契約が一〇年の期間満了により終了した場合について定めたものであり、この場合契約終了後一〇年間の割賦返還となるのは一見敷金的性格に反するということもできる。また、本件保証金は貸金的性格をも有するとはいっても、これを全体として見るときは、本件賃貸借契約と強い結び付きを有するものであることもいうまでもない。しかし、以上の点のみを理由として、本件据置条項は本件賃貸借契約が更新等により期間満了後も存続することになった場合に適用されるべきものであり、本件保証金の返還期限は契約終了及び明渡しにより到来すると解するべきであるとの原告の見解は、据置条項の明文の規定に反するものであるから採用できない。実質的に敷金としての性格をも有する保証金について本件の据置条項のごとき合意をすることが許されないとする強行規定は存在しない。本件賃貸借契約及び明渡しが終了した後も被告が本件保証金により運用益を得ることになるのは本件賃貸借契約締結時に当然予測されていたことであり、これが予定外の不当な利益の保持であるとは解することはできない。

五  訴外会社の入居について

1  証拠(乙五、一〇)と弁論の全趣旨(前記第二の二の2(4)の被告の主張に対して原告がほとんど認否、反論していないこと)によれば、訴外会社は本件建物が同社の店舗としては広すぎてこれを賃借することには積極的ではなかったが、本件建物を含む一棟の建物であるジョイフル国分の三一二号室が売りに出されており、これを被告か同社のいずれかが取得するまでの間との約束で同社が被告から本件建物を賃借して入居したものであること、その後被告が右三一二号室を取得したこと、被告と訴外会社との間で取り交わされた念書によれば、被告が右三一二号室を取得した場合本件建物の賃貸借は終了させ右三一二号室について新たに被告が同社に賃借することとなっているが、同社は本件建物が場所的に有利で売上も好調であることから一、二年は本件建物を賃借し続けたいと希望してきたので、現在も本件建物には同社が入居していること、被告は訴外会社から本件建物入居に際して金一五〇〇万円を受領し、同社が右三一二号室を取得するときはその資金に充て、被告が取得したときには同室の賃貸借保証金に充てることとしていたが、右の経過で現在も被告が預かったままとなっていること、被告は右三一二号室取得のため代金三五〇〇万円を全額銀行から借り入れたことが認められる。

2  右事実によれば、結果的には訴外会社の本件建物入居により被告には空室損料は発生しておらず、事実上金一五〇〇万円の預託を同社から受けていることが認められるが、同社の本件建物入居は未だ浮動的なものであり、右金員も本件建物賃貸借の保証金であるとまではいえないのであって、右金員の額をも考慮すると、被告が本件保証金に匹敵する保証金を訴外会社から取得しており、本件保証金を保持したままこれを原告に返還しないことを据置条項を根拠に主張することが信義則等に反するもので許されないとも解することはできない。

六  公序良俗違反の主張について

1  原告は本件保証金の据置及び年賦期間と本件賃貸借契約の期間との比較から、据置条項が公序良俗に違反する旨主張しているが、右の点のみから据置条項が民法九〇条の規定により無効であると解することはできない。

2  前記第四の一の認定によれば、原告も本件賃貸借契約の条項を充分検討した上これを締結したものであり、据置条項を受け入れてもこれによる不利益を補うに足りる程度の場所的ないし営業上の利益を本件建物賃借により取得できると原告が判断した結果であると推認されるものである。

3 本件賃貸借契約の締結経過や前記第四の三の3で認定した特別入会金の被告による負担等の事情も総合してみると、据置条項が、賃借人に一方的に不利なもので不合理な条項であり、合意形成の経過からも不合理なものとして無効とすべきであるとは認めることができない。

4  なお、証拠(甲一〇)によれば、原告代表者は本件賃貸借契約は当然一〇年の期間満了後も更新して継続する予定であったと述べていることが認められるが、本件賃貸借契約上更新は当然あり得ることとなっており、据置条項が更新された場合のみを念頭に置いて定められたものでないことも明らかであるから、右供述は以上の認定を左右するものではない。そして、他に、据置条項を原告主張のように解釈すべきであるとか、これを無効とすべき根拠があるということはできない。

七  以上の次第で、原告の請求は理由がない。

(裁判官前坂光雄)

別紙物件目録〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例